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2004年09月22日
スタンドアローン・コンプレックス
スタンドアローン・コンプレックスとは、いったい何の事なのだろうと、ずっと考えていたのだが、Winnyの事件を契機として、ある閃きを得た。そこで、スタンドアローン・コンプレックスについて書いてみた。
Winny事件に関するブログにを読んでいて閃いたといえば、そこにあるのはP2Pの考え方である。
●まずは、現在のネットワークと社会について考えてみる。
現在のコンピュータ・ネットワークは、極小規模なものを除き、サーバーを中心に構築されている。
大きな企業では、複数の部門サーバー(ワークグループ・サーバー)のユーザー管理は、ドメインコントローラーが一括して管理している。ネットワーク・セキュリティーのルールは、ルータやスイッチングハブで管理している。企業ネットワークの構成は、上位から下位へ行くほど、枝分かれして細分化されるピラミッド型の構造となる。
これを人間社会に例えると、難しい事を考えるまでもなく、上記のネットワークが構築されている企業そのものとなる。企業社会におけるサーバーとは管理組織(経営者、役員会、課長・係長などの中間管理職)ではないだろうか。
企業社会における意思決定は、管理組織により行われる。社是は最高責任者が作成し、個別の処理においても、部署の責任者レベルでの意思決定が反映されている。
社会全体の意思の流れは、個々の企業組織の意思を束ねたものと思われる。家庭の中で、首相の政治方針にいくら不満があっても、実際に影響を及ぼすものは、業界団体や労働組合などの、「組織」の意思であった。
●次に、新しい考え方であるP2Pのネットワークと、それを模した社会について考えて見る。
P2Pを狭い意味で定義すると、コンピュータ同士が、サーバーを介さず、1対1でダイレクトにコミュニケーションを行う状態を言う。これを原始P2Pと呼ぼう。
原始P2Pを人間に例えると、2人の個人が(物理的あるいは論理的に)向かい合って、お互いの意思を伝え合う状態を言うと思う。(異存があるかもしれないが、とりあえずそのように定義する)
このような関係を積み上げてできる社会は、方向性の定まらない無政府社会である。つまり原始P2Pには広がりも発展も無い。この状態を打破して、P2Pの世界に広がりをもたらしたのが米国で生まれたナップスターである。
ナップスターは、P2P接続の各PCをサーバーにつなげて、一定の目的を持つ大きなP2P集合体の世界を生み出した。これを、P2Pクラスターと呼ぶことにする。
個別のPCは、ナップスターが提供するMP3ファイル交換サービスという目的により自発的に集まり、だれかの指示を必要とする事もなく、必要最小限のルールにより運用され、P2Pクラスターを成長させる事ができた。
ナップスターが全米レコード工業会により火達磨になったあと、その灰から飛び出してきたグヌーテラは、サーバー無しでP2Pクラスターを形成できる事を証明して、P2Pの世界を更に発展させる事となった。グヌーテラは、P2Pクラスターを管理する法人格がない為に、だれかを法的に攻撃してクラスターを閉鎖させるという事ができなくなった。
グヌーテラ以降、Winnyを含む新しいP2Pソフトが現れた。管理する為のサーバーや組織がなくとも、(ファイル交換という)目的と手段(P2Pソフト)が与えられる事により、P2Pクラスターは自律的な運用が可能となった。
これを人間社会に例えるとどうなるのか。
先ほど、P2Pを個人と個人のコミュニケーションと定義した。原始P2P社会では、自分の意見を多数の人に訴える(反映させる)手段がない。多数の人に意見を知らせるには、サーバー(企業を介して業界団体や労働組合)に所属して多数派になるしかなかった。日本経団連、農協、労働組合など、いずれも政治(政治家)を介して、組織の意思を実現する(自らを守り、あるいは発展させる)事を目的として生まれた団体であろう。20世紀までの社会は、このような理由によりサーバー型社会であった。
原始P2Pから一歩進んだナップスター型P2Pの社会では、たとえば「2ちゃんねる」のようなサーバー型オンライン・コミュニケーション手段により、多数の個人の意見が即時に集められ、「社会の意思」を自発的に生み出す。
北朝鮮拉致家族や、イラク人質家族など、多数の個人の意見が「2ちゃんねる」により集約されて新聞報道され、首相や大臣の答弁にまで影響を与えたのは記憶に新しい。
グヌーテラ(Winny)型P2P社会では、先に述べた「2ちゃねる」のような確固とした中心地点を設けない。多数の個人がクラスター状の関係を保ちながら、仮想中心点が目的に応じて生まれるような状態になると推測する。
このような社会の形態を具体的に思い浮かべる事は難しい。上位下達の世界ではない。
●非常に長い前置きになったが、ようやく攻殻機動隊の話しになる。
スタンドアローン・コンプレックスとは、P2Pの事であると結論付けたい。スタンドアローンとは、独立した個人。個人と個人の関係が複合化(コンプレックス)したクラスター化した関係(社会)を、スタンドアローン・コンプレックスと呼ぶのではないかと推測する。
スタンドアローン・コンプレックス下では、そこで生じた事象の原因と結果(の因果関係)を容易に関連付ける事ができない。原因と結果は直線的な関係ではなく、複雑に絡み合っている。
そこで、応用編。
笑い男事件は、ナップスター型P2Pである。
サーバーの機能を果たすのは、セラノ・ゲノミクス社の恐喝を計画した政治家とそのグループである。事件は、恐喝グループの意図とは関係なく、笑い男を産み出す。恐喝グループは、突然乱入した笑い男を事件の構図に取り込み、恐喝事件の再構築を図る。事件の第三者は、最初の笑い男をオリジナルと考えるが、オリジナルは何処にもいない。そして初代の(オリジナルではない)笑い男を模した別の笑い男を捏造した恐喝グループは、最後に、初代笑い男の意思を受け継ぐ草薙素子版の笑い男によって首根っこを押さえられる。
個別の11人の事件は、グヌーテラ型P2Pである。
内閣調査室のゴーダは、事件を直接指揮していないのでサーバーの役割とは異なる。加害者・被害者を含めて、事件に関わる者達を包み込むP2Pクラスターの中で、「動機ある者たち」を事件へと駆り立てたのは、ゴーダ(?)の放った「電脳を犯すウイルス」のようである(物語が進行中のため、あくまで推測)。
投稿者 bobby : 2004年09月22日 13:54
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コメント
この考え方は面白かったです。私が今回使用したスタンドアローンコンプレックスの考え方と別方向の視点でしたので参考にさせていただきました。
スタンドアローン・コンプレックスは、デジタルに繋がれない人々の軋轢なるものもその概念の中に内包していると考えました。
笑い男や素子は電脳上の結節点における複合体を一時代表したわけですね。今でも結節点は存在するわけですが電脳が進行すると結節点自体が伝染しやすい状態を生み出し英雄や聖人、作品中では犯罪者への精神同化率が高くなるのではないでしょうか。
投稿者 hover : 2004年10月22日 23:58
痛みを感じないレベルってバーチャルが現実を超えていく可能性があるという点で非常に示唆的ですよね。それとは逆にバーチャルで苦痛を与えるというのも可能になるかもしれないですね。精神的ブラクラはその雛形かな~?(^O^)
投稿者 hover : 2004年10月25日 22:34
劇場版攻殻 では最終的に、素子は、情報の渦に紛れ込み、イノセンスでは、バトーを救うために再び現実世界に戻るため、擬体を通して自分の意志を行動にうつしている。たとえ集合体の一部になったとしても、己を持ち続けることが出来ている。また公安9科の基本的概念でもある、スタンドプレーから生まれるチームワークの完成も、幾分かは、この中に含まれている感じもする。
投稿者 z2 : 2006年02月16日 21:42
おもしろーい!非常に興味深く読ませていただきました。挿絵がとってもgoodです。
ネットワークに免疫の高い人間の視聴が予想されることから、ある特定の世代に対する制作者のメッセージが込められているのかもしれんですね。
投稿者 cmyk@某管理人 : 2006年04月25日 03:08
>z2さん
舞台となっている世界では、巨大なネットの中に、素子以外の知性(意思)は存在しているのでしょうか。人形遣いが存在した訳ですからね。押井守監督には、ぜひとも素子と敵対するネット上の知性との戦いというものを描いてほしいですね。
>cmyk@某管理人さん
メール、チャット、オンラインゲーム等に親しんでいる現在の小学生世代は、どのような大人に成長してゆくのでしょうか。ネットワークに対する親和性が増して、ネットから感染する人ウイルスというものが出現するかもしれませんね。更にその後の世代になって、免疫力が高まるのではなどと考えてしまいます。
投稿者 bobby : 2006年05月08日 09:35
最初も次もタチコマちゃんを殺すことでぅまくまとめたってかんじで、すっごく悲しかった。ぁのこたちには本当にゴーストがぁったと思うから、それを軽視したような終わり方は、マヂ泣いた。
投稿者 あや : 2006年05月30日 20:04
テレビでは、能がただ一回だけの舞台と割り切っている事が
素晴らしいと言ってたような。それが度を超して、
「人のやらない事をやって死ぬのが最も素晴らしい」とか
考えるのがスタンドアローンコンプレックスでは?
投稿者 hoehoe : 2006年06月05日 23:08
作品事態まだ全部見ていないので、スタンドアローンコンプレックスをまだ、私の中で定義ずける事ができず比較をできかねているんですが、この内容自体でも十分面白い内容なので読み入ってしまいました。
投稿者 希望 : 2006年07月02日 12:52
とても興味深い考察でした。
私が考えるSTAND ALONE COMPLEXとは、“個性的行為の多人数による同調、多重化”です。
つまり、現時点で個性のある(と思われる)人物又は事象を多人数が同時多発的に模倣する事です。
個性を求めるが故に同一化していくという矛盾を内包する状態。
中心点が模倣される事による中心点の希薄化及び、事態の複雑化(のように思えるだけ)がSTAND ALONE COMPLEXと呼ばれるのかと。
これが犯罪との親和性が高まった場合に発生したのが劇中での“笑い男事件”なのでしょう。
この考えの下地は、現代人の持つ、“他人とは違う”状態でありたい、そうでなければならない(と錯覚する)、という所謂“流行”を求める傾向が元であるかな、と。
投稿者 知恵猫 : 2006年07月27日 07:04